Photo: Jiro Fujita

家庭のなかでのワークショップ|日比野克彦さんインタビュー

台風を目前にして嘘のように晴れ渡ったある日、アサヒビール神奈川工場敷地内の芝生の広場には、缶ビールを入れるダンボールが山積みになっていました。ビール工場に製品用のダンボールがあるのは当たり前なのですが、このダンボールたちは今日、「海」となるべく置かれているのです。2007年7月28日。アーティスト・日比野克彦さんによるワークショップが始まります。
「art voyage」はね、最初はそうは言ってなくて、去年「アジア代表日本」という企画でFUNEをつくったんです。スポーツとアートを融合させたワークショップをやろうというので、アジア代表としてワールドカップに出場する日本が、アジア最終予選に参加した三十六の国々の思いも背負っていこうというので、三十六カ国のFUNEを福岡の太宰府でつくった。福岡はアジアの入口じゃないですか。遣唐使、遣隋使の船が福岡に到着して日本に文化を伝えたんだし、ワークショップの会場も「日本文化の形成をアジア史的観点から見る」というコンセプトの九州国立博物館で。
その後に新潟の妻有トリエンナーレにそのFUNEを持っていくことになったとき、じゃあ、福岡を母港にして日本各地をめぐりながら、福岡の思いやアジアの思いを日本中に伝えつつ、その地で新たにFUNEをつくったりいろいろやっていこうという活動を「art voyage」と名づけたんです。福岡以降、新潟、横浜、岐阜と来て、ここで四カ所め。
新潟で「明後日朝顔」というプロジェクトをやっているんですけど、朝顔も、このFUNEとつながっているんです。朝顔の種はいろんなところに運ばれる。種にはみんなの思い出がつまっているし、それをまた次の年にいろんな人の手から手へ渡していく。種というのは気持ちを運ぶ船みたいなものだというキーワードもあって。種、船、水、出かける、迎え入れる、そういう一連のつながりでやっているものです。
今回のワークショップ(アサヒ・エコアート・シリーズ2007)は、アサヒがビール工場で「水」をテーマにしたワークショップをやりたいということで、「art voyage」とつなげてなにかできないか、と実現したんですが、ふたつをつなげるにはどうしたらいいかと考えてね。FUNEはFUNEだけで水がなかったから、まあ、実際水を入れたら(ダンボールなので)溶けちゃうし(笑)、だから水もダンボールでつくろうかと。ビール工場だからビールの箱で、山のなかで海をつくる。ちょうど起伏のあるロケーションがあったので、この緑色(芝生)のところを水面にしてしまうというアイデアです。
 
価値観が変わる瞬間
ワークショップという名前ができたのはわりと最近のことだと思うけど、僕は前からいわゆる参加型の制作をやってたんですよね。公開制作、コラボレーション、パフォーマンスと、いろんな言いかたをしていたけど。だからもともと自分では、完成した作品をホワイトキューブのギャラリーのなかで展示するというやりかただけでは、どうも美術のおもしろさが伝えきれてないなあという実感はあったわけですよ。
たとえば自分がアトリエで作品をつくっているときというのは、一枚のなんでもないダンボールが、色を塗って積み上げていくと、それこそ海に見えてきたりするわけじゃないですか。あれ、さっきまでたんなる紙切れだったのが、色をつけて構成したらなんか世界観出てきたよ、と価値観が変わる瞬間があるわけです。その瞬間がやっぱり美術のおもしろさなわけで、できあがったものだけが展示されていることを否定はしないけれども、それだけではないなと思っていました。
それで、自分の作品をつくる姿を見せる公開制作を、八十年代くらいからやりだしたんです。ギャラリーを自分のアトリエにしちゃって、最初なにもない空間なんだけれども、そこに一週間通いながら制作していくと、だんだん絵ができてくる。制作期間中、変化するのを毎日見にきているリピーターがそのうち、水を換えるの手伝いましょうか、筆を洗うの手伝いましょうか、となってくる。じゃあそこに紙を貼っといてくれる? とか、ちょっとここ押えておいてとか、お、コイツちょっとデキるなと思うと(笑)、それやっとけよ、なんてことになってくるわけ。
そうやってスタッフができてきたりして、それがワークショップというかたちにだんだんなっていったの。だから、僕がやってるのはべつに子どものための美術教育とかってことではないんだよね。大人も子どもも関係なく、できあがるところの美術の本当のおもしろさっていうところを伝えたいなっていうのがあって。
 まして自分の作風はそんなに難しいことじゃない。鍛金、彫金、彫刻、陶芸などの技術がないとできないものではなくて、誰でも色を塗ってガムテープを張ってできるわけです。素材も身近なものだし。だからこういうスタイルができると思うんだけど。そうじゃないと、パッと来てすぐ参加してってことはできないかもしれないよね。
 
現場重視の子どもと目的重視の大人
ワークショップでは、子どもはすぐ「なにやってんの、なにやってんの」。なにやってんのが四回くらい(笑)。興味のあることを見つけると「なにやってんの」と連呼して、なにやってんのと言いながらもすでに自分はそこに参加しているイメージがあるのね。とにかく(芝生の上に広がったダンボールや積み上がったダンボールを指差して)あの光景を見ただけで、もう日常とは違うわけです。箱がいっぱいあるというのも日常とはかけ離れてるし、ましてやこういう空間のなかで絵の具をバーッと塗れるというのも非日常だし。箱がいっぱいある、大きい刷毛で塗れる、それだけでいいんだよね。
でも大人の場合は、これが最終的に海になりますよ、というその先の方向づけが欲しいんだよね。子どもだけ楽しめる、大人だけ楽しめる、というのではちょっと違う。方向づけもあり、単純な作業も楽しい、その両方がないと。理屈も理にかなっていてコンセプトもしっかりしていて、作業的にも安易なものであるということを、いつも気にしてますね。
図工の時間だけが図工じゃない
小学校一年生は、六歳か七歳しかいない。同い年の子しかクラスにいないっていうのは、図工にとって不幸なことなんです。たとえば算数なら足し算の後は引き算、かけ算に割り算、そして分数というふうに全員一緒にレベルアップしていけばいいのかもしれないけど、図工の時間では、大人もいて子どももいて、いろんな人がいるほうが、それぞれの個性や「らしさ」がわかりあえていいと思う。そうなってくると、町内とか地域でそれを発揮できるような場があったほうが、本来はいいんだよね。昔は地域でお祭りがあったり、子ども会や町内会があったりしたところで、年代を超えて交流があったでしょう。最近は、美術館のあるような町だったら、専門の学芸員がワークショップをやったりしているけれども。地域の仕事としてはやっぱり、放課後の地域のいろんな年代が入ってくるところで図工的なことを教えられるのがいちばんいいかなと思う。
それにしてもやっぱり家庭がベースで、町内会、地域。それから学校っていうのは図工の時間だけじゃなくて、コミュニケーションするツールっていろいろあるわけでしょう。給食当番なんていうのもさ、いかにして手際よく食器を配るかとか、いかにしてカレーを均一に配るかとかっていうのも、給食係としてはけっこう勝負じゃない? ああいうところでバランスとかコミュニケーションを勉強することっていっぱいあると思うのね。それこそ国語の時間のなかだって、文章から想像するとか、理科で観察するとか、算数でバランスを考えるとか、図工以外の教科に美的センスを育てる、感性を育てるエッセンスはいっぱいあるからね。
 
家庭のなかのことが大事
マンモスを読んでいる親はきっと、自分と生活スタイルにそうとうのこだわりがある、二十代後半から三十代くらいの人が多いよね。そういうお母さんが子どもの感性を伸ばしたいってときに、自分なんかもそうだったけど、家庭のなかというのはいちばん大事なんじゃないでしょうか。
色のセンスにしろ、形のこだわりにしろ、質感にしろ、バランスにしろ、要するになにを見てるかってこと。いくら学校での図工の時間とか、どこかのカルチャーセンターに通ったりしても、結局は家のなかのちょっとしたことだと思うんです。夏になったらカーテンが変わるとか、それこそ四季折々のこと。それで、家のなかが涼しげになったとかあったかくなったと感じる。
子どもって、一年先まで想像できない。それで季節が変わるときに、単純に暑いから夏を感じるというのももちろんあるけど、なんか家のなかの装いが涼しくなったとか、急に洋服ダンスのなかが半袖の服に替わって、そういえばこのシャツ一年前に着てたなあとか。子どもってすぐ忘れちゃってるからさ、洋服を一年ぶりに見て去年の夏のことを思いだしたりするんですよ。そういうことで、色とか質感、デザインっていうのを覚えるんだよね。
だから、家のなかのことはそうとう大事。今いろんな美術館もワークショップもあるけど、ワークショップに行けばウチの息子も娘も、なんて思うより、家庭のなかでのワークショップがいちばん影響が大きいと思います。
 
日比野克彦(ひびの かつひこ)
1958年、岐阜県出身のアーティスト。東京芸術大学大学院修了。東京芸術大学教授。学生時代のダンボール作品にはじまり、グラフィック、舞台美術、パブリックアートなど、アートにまつわるさまざまなカタチで活躍。近年はとくにワークショップ形式のプロジェクトを多く手がけ、日本中を飛びまわり一般参加者とともに作品をつくっている。2007年は金沢21世紀美術館にて日比野克彦アートプロジェクト「ホーム→アンド←アウェー」方式(9/29〜3/20)、鹿児島県霧島アートの森にて日比野克彦展「日々の旅に出る。」(10/12〜12/2)、熊本現代美術館での個展「HIGO BY HIBINO」(12/15〜4/6)を開催する。www.hibino.cc
 
このインタビューは、『mammoth』 No.15(2007年)に収録されています。
取材・文:野村美丘 写真:藤田二朗