artwork: Ai Sasaki

時間を超越した人の豊かさを知る|古屋和子(語り部)

私がおもに語っているのは大人向けの話で、日本の古典や近代古典文学が多いのですが、テーマや流行が先にあって話を選ぶ、ということはありません。心惹かれる話がまずあって、音にして読みつづけるうち、自分がなにに共鳴し、なにを伝えたいのかが見えはじめて、「語り」の形ができてきます。いい話だから語るのではなく、人と共有したい思いが自分のなかに湧きあがってくるのです。
例えば、近松門左衛門の作品には、人間への尽きない興味をそそられます。平家物語、源氏物語なども、人間という鉱脈の豊かさをつくづくと感じさせられます。泉鏡花の作品のいくつかは、自然と人間との関係を語っていておもしろいです。礼をもって接すれば、こよなくやさしい存在であり、蔑ろにしたり、礼を欠いたりすると、たちまち恐ろしい形相を現すのです。ストーリーテラーにとって大切なのは、個性や技量ではなく、天地の間に立つパイプ、清濁併せ呑んで流れる世界を通せる、太いパイプになることだと考えています。語るスタイルは、その人にふさわしい形があるので、なんでもありでいい。でも、電気で増幅した声は、肉声の説得力にはかなわない。人間が本来もっている力で語ることが大事なので、うまく見せる必要はない。それよりも相手にしっかり手渡そうとする思いこそ大切です。語る者と聴く者が、呼吸や空間の感覚を共有共感し得たとき、時代や空間を超えて、物語が呼吸をしはじめる、と思っています。
古屋和子 ふるや・かずこ 
早稲田小劇場を経て、1978年、水上勉主宰「越前武人形の会」で語りを務めたのをきっかけに語りに取り組む。説経・平家・近松等の古典、鏡花・中島敦などの近代古典から童話まで幅広いレパートリーをもつ。 www004.upp.so-net.ne.jp/kazshow