artwork: Philippe Weisbecker

生きるための能力を養う|内田樹 作家・武道家|JAPON interview 1

武道、食、写真、盆栽、和装といったさまざまなフィールドで国内外を舞台に活躍されている方に、日本をテーマにお話をうかがうmammoth “JAPON” インタビュー。第1回は、作家・武道家として武道の稽古と研究教育活動を行っている内田樹さんに、日本の伝統的な武道である「合気道」についてうかがいました。
— 私が「合気道」を稽古している理由は、それが端的に「生きる力を高めるための技法」だからです。いま行われているスポーツは、強弱勝敗巧拙を速さや距離、時間を点数化して競うものが主体です。しかし、人間のもつ心身の能力は数値化できるものばかりではありません。「生物として」生き延びるために必要な力のほとんどは数値によっては示すことができません。そのため、心身の能力を開花させるための技法が顧みられないというのは惜しむべきことだと思います。
合気道には試合がありません。相対的な優劣を競うことなく、ひとりひとりの生きる力を高めるための稽古をします。例えば、「空間認知」能力。与えられた空間のどこに立つべきかというのは最重要の問題のひとつ。適切な位置取りのためには、場を上空から一望俯瞰する能力が必要になります。これは優劣勝敗を競うための訓練だけでは身につけることができません。また合気道では、「対立的にではなく、同化的に身体を使う」ことを重んじます。運動神経や筋力や闘争心は合気道では必ずしも優先的に求められません。ですから、学校体育が苦手で、自分は「運動ができない」と思っていた人が合気道によってはじめて「身体を動かすことの喜び」を発見するということがあります。対立を避け、相手の体感を感じ、心身の能力を高める合気道は、世界に二百万人の修業者がいます。日本の伝統的な身体文化である武道の実践者が増えつつあることを心強く思っています。–
内田樹 うちだ・たつる
物書き兼武道家。武道の稽古と研究教育活動をする場として道場兼学塾である凱風館がJR神戸線住吉駅前に完成。近著に『ぼくの住まい論』(新潮社)、『街場の文体論』(ミシマ社)、など多数。http://blog.tatsuru.com/
※このインタビューは mammoth No.25「JAPON」特集に掲載されています。Text: Keiko Kamijo